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  <title>21世紀の新しい農業について</title>
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    <title>金融検査の本質と限界</title>
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    <![CDATA[それに対して、「いや弱い者が敗退していってこそ、市場経済の機能が発揮され、社会の進歩もある」との正論は、本音のところでは日本社会において人気がない。池田勇人通産大臣（当時）が言ったと伝えられる「貧乏人は麦を食え」とか「中小企業の一つや二つぐらい」というのは、そういう正論の一例である。<br />
<br />
この表現はやや極端であるにしても、日本には社会全体にこのような発想を否定する雰囲気がある。したがって護送船団方式は、少なくともかつては世の中の要請であり、それは政治や行政の重要な役割であった。「政治とは治められる側の気持を汲むこと」（藤沢周平「蝉しぐれ」）などという言葉が、かつては日本人の気を引いたのである。<br />
<br />
ただこのようなことを考えすぎると、グローバル化時代の激流に日本経済ごとおし流されてしまうことになる。今はあまり分別くさくならずに、思いきった改革をすべき時期である。市場の力が暴力に化さないよう市場を統御する術を模索するのはその先の段階にしても遅くはない。以下では、これまで時系列的に金融問題、金融行政の動きをふり返るなかで浮かび上かってきたいくつかの問題を、個別にとりあげて論じておきたい。<br />
<br />
わが国の金融行政に対する批判の一つに、コーチとアンパイヤーを兼ねている、というのがあった。金融機関と一体になって進める指導行政と、金融機関と対立する立場で厳正な検査をする金融検査とを、同じ大蔵省でやるのはおかしい、というのが大蔵省分割論の原点であった。<br />
<br />
しかし実際のところ、指導行政と金融検査を分離することには無理がある。たしかに行政の切り口に違いはあるが、相互の経験と情報を共有し合うことによって初めて、効率的な行政を行うことができる。専門的知識を持ちながらも視野の広い行政官を育成するためにもそれが望ましい。]]>
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    <pubDate>Tue, 05 Apr 2016 06:32:19 GMT</pubDate>
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    <title>戦後司法の特徴</title>
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    <![CDATA[裁判所などは、挙げ句の果てに、現行憲法の条文からして「陪審制は憲法上の問題かおる」などということまで持ち出しました。しかし、この違憲問題についていえば、これは全くの筋違いといわなければなりません。<br />
<br />
なぜなら、大日本帝国憲法第二四条では「日本臣民ハ法律二定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルルコトナシ」（傍点筆者）となっていたのが。日本国憲法第三二条では「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」（傍点筆者）と変わったため、条文からしても日本国憲法の方が陪審制がやりやすくなったと説明されています。それを「陪審員」は「裁判官」ではなく、陪審制は裁判官によらない裁判だから違憲である、などと唱えるのは、ほとんど言いがかりのようなものです。<br />
<br />
ご承知の方もおられると思いますが、わが国でも大正から昭和にかけてのわずかな時期ではありますが、陪審法が存在しました。右の条文が存在した天皇主権の時代ですら、陪審制が可能だったのです。それが国民主権の憲法の下で、どうしてできないなどということになるのでしょうか？　戦後司法は「最高裁主権」になったと錯覚でもしているのでしょうか？<br />
<br />
御用学者がいくら陪審制違憲論を展開していても、司法制度改革審議会の会長でもあった権威ある憲法学者・佐藤幸治先生も「合憲説でよろしい」と言っておられるのです。もはや憲法問題は決着していると考えるべきでしょう。]]>
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    <category>日記</category>
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    <pubDate>Fri, 04 Mar 2016 07:12:35 GMT</pubDate>
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    <title>揺れ動く政府解釈</title>
    <description>
    <![CDATA[連立政権が羽田政権に代わってからも、与党の立場は揺れ動いた。神田厚防衛庁長官は九四年四月、北朝鮮の核開発問題への対応に関連し、集団的自衛権の行使を禁じているという従来の政府の憲法解釈について、「断定的にこうだとは言えない」と、再検討の可能性を示唆したが、後に「現行の解釈でやる」とこれを修正した。<br />
<br />
また、同じ頃、柿沢弘治外相は、集団的自衛権の行使は違憲という政府解釈は「再検討する必要がある」と発言し、後に「踏襲する」と修正した。結局、羽田首相は五月の衆院本会議で、「集団的自衛権の行使は憲法上認められない」という立場を明言して、とりあえずは収拾を図ったが、今後もこうした「憲法見直し」「解釈の見直し」の動きが続くことは、十分に予想される。<br />
<br />
これまで見てきた国連憲章と日本国憲法の相関関係を、ここで整理してみよう。戦後を三つの段階に分けてみると、第一期は制定期、第二期は冷戦期、第三は冷戦後の現在と、一応は区分できる。このうち第一期は、連合国＝国連の体制が作られた時期に当たる。国連憲章では、集団的安全保障による強制措置を「矛」として、平和を実効的に確保しようという構想が打ち出された。<br />
<br />
戦勝体制を戦後の秩序維持に持ち込み、枢軸国を敵国と位置づけた上で、将来の加盟に道を開く、というのがこの時期の国連の考え方だった。一方日本は、武装解除の対象となり、将来の侵略の可能性を絶つことによって、「平和国家」の仲間入りをすることが求められた。憲法第九条は、侵略戦争のみならず、自衛戦争を含めて戦争全般を放棄し、戦力不保持を宣言することによって、その連合国＝国連体制に組み込まれることを表明したものと解釈された。<br />
<br />
ところが第二期の冷戦体制に移行すると、連合国＝国連は分裂し、安保理は機能しなくなった。集団的安全保障という屋台骨が成り立たず、当初のメカニズムは働かなかった。憲章第七章の国連軍に代わって結成されたのは国連平和維持活動であり、これは大国が直接関与しない紛争に、限定的、補完的に派遣され、紛争が熱戦に転化するのを食い止める働きをした。<br />
<br />
しかし、実際の紛争は、憲章第五一条の「個別的・集団的自衛権」を根拠に頻発し、核抑止能力と絶えざる軍拡競争によって、かろうじて超大国同士の激突は回避されてきた。この時期の国連は、もっぱら憲章第六章の「紛争の平和的解決」に頼らざるを得ない存在であり、ここから、国連は「オリーブ」のイメージで語られるようになって行った。]]>
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    <category>日記</category>
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    <pubDate>Thu, 04 Feb 2016 06:44:46 GMT</pubDate>
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    <title>普遍性とアイデンティティーの関係</title>
    <description>
    <![CDATA[以上のような例からもわかるように、各国はそれぞれ独自の消費特性と資本主義制度を持っていて、国内および国外でなんら不都合は生じない商取引を行っている。二一世紀の消費者にとって「アイデンティティー」ということが重要な価値観になると思われるが、そこでは他よりすぐれているという「排他性の論理」ではなく「自己主張の論理」として「アイデンティティー」が強調されるようになる。アイデンティティーは重要ではあるが、それを強調しすぎると、「普遍性」に抵触する。<br />
<br />
アメリカ型資本主義、イギリス型資本主義、フランス型資本主義などと分類した中での共通項は「市場」である。これらの国々では国内市場での契約や商慣習と国際市場での契約や商慣習にズレはあっても、致命的なズレではないのである。そこには国内と国際を調整する変換器ができ上がっている。<br />
<br />
たとえ、絶えず各国の間で交渉中にいろいろな臥龍を生み出したとしても、「国際基準」という判断基準に基づいて相互に納得できるような余地を見出しているのである。そして「国際基準」の特徴としては、一定の「普遍性」を持っているということが重要である。また「国際基準」白身も固定したものではなく、時代とともに変化していき、新しい概念や方法が絶えず取り入れられることも必要である。<br />
<br />
国際社会の中で。価値観の多様化によって「アイデンティティー」が強調されるようになり、一方で「情報化」によって国際的な交流はますます広がっていく。その際には、逆説的にも考えられるだろうが、「普遍性」を持った国際基準が重要な要素になる。つまり、「国際基準」をもとにして行動しなければ円滑な経済取引ができなくなる可能性が生じるのである。<br />
<br />
<br />
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    <pubDate>Thu, 07 Jan 2016 06:28:54 GMT</pubDate>
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    <title>日本的経営の黄金時代</title>
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    <![CDATA[この時期は日本的経営の黄金時代であった。トランジスタラジオの時代とは違って、高級な工業製品でも、その生産量が世界の先頭を行くものが現れた。1980年には自動車の生産台数は1104万台と世界でトップになり、1983年には工作機械の生産額が世界最高となり、その60％がコンピュータ制御によるNC機であった。そしてガットは1984年の日本の工業製品の輸出額は280万ドル、世界の首位に立つと発表した。日本が経済大国ともてはやされたのも無理はない。<br />
<br />
しかし日本の経済発展のもう一本の推進軸であった船舶や鋼材やエチレンなどの生産は1970年代以来低迷し、加工産業立国路線は耐久消費財の開発・大量生産により多く依存しなければならなくなった。そのうえ消費者は狭い住宅のなかに各種さまざまな家庭機械類を抱えたため、さらに新商品を買い込むモチベーションは低下せざるを得なくなった。<br />
<br />
日本が経済大国と言われた時には、すでにその経済と商品開発には陰がさしはじめていたのである。初めての平和な5ヶ年計画の進行によって、中国の民衆は生活の豊かさを実感しはじめた。1981年のテレビの普及率は都市において100所帯当たり白黒57％、カラー0.4％にすぎなかったが、1985年にはそれぞれ75％、18％に向上し、ラジカセは13％から48％へ、電気洗濯機は6％から53％へと上昇した。<br />
<br />
私は1983年に中国全土から集まった研究者を対象に瀋陽の東北工学院で技術論の36時間の集中講義を行ったが、外人用宿舎の私の部屋には国産品のクーラーがついていた。しかし冷凍機がゴウゴウと音をたてて回転するのには閉口した。翌年には青島で、これも全国から集まった各省の科学技術委員会の新任の主任・副主任に対して先端技術の動向について1週間ほど講義したが、宿泊していたホテルにはクーラーは無く、扇風機があった。しかしそれは首振り機構が壊れていた。<br />
<br />
肩の痛みの治療のために人民病院に出かけたが、そこの小型扇風機も首を振らなかった。休みの日に観光船に乗って湾を一周したが、その客室の大型扇風機も同じ個所が壊れていた。首振り機構の設計ミスに違いなく、苦情を受け付けるアフターサービスの体制もなかったのであろう。1985年の都市の扇風機の普及率は75％に達していたが、中国の当時の耐久消費財の技術水準は、その風景に端的に示されていた。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
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    <category>日記</category>
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    <pubDate>Fri, 04 Dec 2015 02:33:33 GMT</pubDate>
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    <title>ジャパン・レートと言う特別高率金利</title>
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    <![CDATA[ユーロ金利には、米銀の国内預金・ＣＤ金利に比して準備預金積立て不要分だけ高い金利が支払い可能である。利息は一年三六〇日計算であり、三六五日の実日数計算にくらべて若干割高となる。また、無担保取引であるため、出し手は常に取り手の信用状況に留意し、あらかじめ取り手銀行別の与信枠額を設定しておくことが多く、カントリー・リスクをも加味することが多い。第一次オイル・ショック後のヘルシュタット、フランクリン両銀行の倒産によるユーロ市場の麻疹時には一時的に日本へのカントリー・リスク配慮上からジャパン・レートと称する特別高率金利を強要されたり、預金引揚げ後再預け拒否などの事例が頻発し、邦銀および日本政府は対応に苦慮した事件はすでに著名である。<br />
<br />
資金の受渡しは次の要領で行なわれる。ドルの場合でいえば、取引が完了すると取り手側はニューヨーク所在の銀行の自行ドルロ座を指定し、出し手側は資金をニューヨーク所在銀行の自行ドルロ座より引き出して、指定口座へ振込む。返済時は、期日にはとくに指定がなければ取り手は元利合計額を逆のコースで返済することとなる。ユーロ円の場合でいえば、取り手は三菱銀行本店の自行円勘定を指示し、出し手は三井銀行本店所在の自行円勘定より引き出し、三菱銀行本店へ払込むこととなり、返済時はとくに変更・指示が出し手よりなければ元利金は逆コースにて返済される。]]>
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    <pubDate>Thu, 05 Nov 2015 01:35:36 GMT</pubDate>
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    <title>対外的な危機意識</title>
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    <![CDATA[開発目標をいちはやく達成すべく、官僚テクノクラートが経済政策を立案・施行し、資本主義的運営を基本としながらも、規制と保護、すなわち「政府介入」が頻繁になされるのが通例であった。NIESIにおいて「開発主義」を標榜する権威主義開発体制が採用された理由は、どこにあったのであろうか。一言でいえば、対外的な危機意識のゆえであった。開発を通じて自国を強国たらしめぬ以上、その存続が危ういという危機意識にうながされて、工業化がかけがえのない国家目標であるという認識がエリートに生まれた。そして、ついでこの認識が広く国民に受容されていった。<br />
<br />
かくして、工業化が強い開発主義イデオロギーにまで高まり、これが近代化運動の中核的要素となっていったのである。このような経緯こそが、NIESIというにとどまらず後発国工業化の「プロトタイプ」なのである。この事実を鮮明に示しているのは、ほかならぬ我が日本の経験であった。日本の工業化は帝国主義勢力の「西力東漸」に対抗することによって胎動した。欧米諸国に遅れて工業化をスタートした日本は、欧米と対抗しつつも、資本主義を自国の求むべき「範」とした。資本主義的西欧は、往時の日本に与えられていた唯一の「近代化モデル」であった。しかし明治期日本がこのモデルを現実化すべく発揚したのは、功利主義や個人主義といった欧米的な価値ではなく、精神主義、さらには国家主義に強く傾斜した価値であった。<br />
<br />
<br />
<br />
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    <category>日記</category>
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    <pubDate>Mon, 05 Oct 2015 06:28:31 GMT</pubDate>
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    <title>「第二世代」のＰＫＯ</title>
    <description>
    <![CDATA[「第二世代」のＰＫＯが頭打ちになったもう一つの要因は、国連の財政悪化だった。以前からの財政逼迫に加え、急速に広がるＰＫＯ派遣に、財政能力が追いつかなくなったのである。もともと国連の会計は、大きく分けて三つに分類される。第一は、国連事務局の人件費や書類の印刷代、会議サービスなどにかかる費用を賄う一般会計だ。第二は、国連平和維持活動に充てるＰＫＯ特別会計。もう一つは、人道、開発などの活動費用だ。このうち一般会計は、通常予算とも呼ばれ、二年を一会計年度として国別に配分している。この分担金の負担率は、国内総生産（ＧＤＰ）の十ヵ年平均をもとに、人口などの要素を加味して分担金委員会が決めている。九二－九三年予算で言うと、この一般会計は二十四億六千八百万ドル、単年度で平均すると、毎年十二億三千四百万ドルになる。これは外務省の年間予算の約五分の一にあたる。<br />
<br />
分担率のトップは米国で、上限の二五％を負担している。九二年からは、日本が第二位の二十四％を占め、それまで二位だった旧ソ連、ロシアを抜いた。これは、旧ソ連の解体にもよるが、国内総生産の相対的な低下に対応した動きだ。ロシアは九二年に九・四一％、九三－九四年には六・七一％と、年々負担率は低くなりつつある。これに続いてドイツ（九三－四年で八・九三％）、フランス（同六・〇％）、英国（同五・〇二％）、イタリア（同四・二九％）などとなっている。この上位七力国だけで、合計は六八・四％にも達する。言い換えれば、国連の通常予算は、わずか七力国が七割近くを負担している計算になる。]]>
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    <pubDate>Fri, 04 Sep 2015 08:41:31 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>年功型賃金の限界</title>
    <description>
    <![CDATA[こうしたメガトレンドの変化が進展してゆく中で、日本企業の賃金や雇用そして人材活用の戦略はどのような変革を求められるだろうか。まず賃金について言えば、これまでのような定期昇給を軸とした年功型の賃金管理は限界にぶつからざるを得ない。高齢化の進展の下で企業の労務構成がピラミッド型からズッドウ型あるいは頭デッカチ型になるにつれて、自動的な定期昇給は企業にとって固定費的負担をいたずらに増やすことになるからである。<br />
<br />
昇給は横ならびの悪平等ではなく、個人の能力や成果を大きく反映したものになるだろう。それは賃金の費用効果の増大、技術の変化、働く人々の独創性の刺激などの観点からも望ましい。しかし、このような能力や成果を重視した賃金管理を適切に行えるかどうかの重要な鍵は公正で厳密な能力の評価ができるかどうかに大きくかかっている。能力評価はこれからの人事管理の最も重要な課題となるだろう。<br />
<br />
また昇給カーブのあり方も大きく変わることになるだろう。これまでの年功的賃金管理の下で、昇給は長い雇用期間における長期の収支を一致させる形で行われてきた。働き盛りの賃金は比較的抑えるかわりに年配になって賃金を高めにすることで定着を促進したのである。<br />
<br />
そしてそのような昇給カーブは、作業チームで共通の体験を積みながら組織で情報を共有し、蓄積し、それによって品質と生産効率の向上をはかるという技術システムの下では、組織の学習効果にも合致する面があり、生産面から見てもそれなりに合理的だった。また、日本の社会の資本ストックが乏しく住宅などの生活インフラが不足していた発展途上段階では、長い期間企業で勤め上げればやがて住宅が持てるという意味でも社会的な合理性があった。<br />
<br />
しかしながら、これらの背景条件は日本経済の発展と成熟化の下で大きく変化してきている。雇用機会が相対的にふえて転職がしやすくなってきたため若い働きざかりの人々は働きに応じた賃金を求めるようになっており、技術パラダイムが情報化の進展の下で変化し、集団の能力だけでなく個人の能力がますます問われるようになっている。また、住宅ストックが増え、一生かかって住宅を入手するよりも少くとも大都市では上手に家を借りる方が合理的な生き方暮し方であるという条件が整いつつある。<br />
<br />
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    <pubDate>Wed, 05 Aug 2015 07:20:03 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>企業の労働力の構成内容</title>
    <description>
    <![CDATA[前述したように、こうした雇用方式の下で、もっぱら男子の新卒者に採用の焦点を合わせつづけていると、いたずらに採用のコストが高くなり、また歩止りも悪く、ムダも多い。他方、人口の高齢化が進んで中高年労働力のストックがますます増えつつあり、さらに、女子労働力の人的資源の蓄積が豊富になっている。<br />
<br />
合理的な企業家なら相対的に稀少になっていく男子若年労働力のみに頼ることなく、供給の比較的豊富な中高年労働力や女子労働力を適切に組合せて活用する方が経済的にコストがより安く、生産的効果が大きくなる事にすぐ気がつくはずである。しかも、そうした雇用の組合せは社会的にもより多くの支持が得られ、歓迎されるはずである。なぜならば、それは社会的に見てよりノーマライズ（正常な形の）された雇用だからである。<br />
<br />
社会は老若男女で構成されている。これにくらべて、これまでの日本企業の雇用はもっぱら若年者と壮年男子から成るきわめて偏った構成だった。雇用のノーマライゼーションとは、社会の人口構成と同じような組成に、企業の雇用を編成しなおすことである。社会や家庭では、夫と妻、父親と母親、親と子など、老若男女がさまざまな形で役割を分担し合って共同生活をするのがふつうであり正常な姿である。<br />
<br />
そうであるとすれば、企業の労働力の構成がそうなることは少しも不思議ではなく、むしろ当然の事なのである。同じ企業で、同じ職場で、男子と女子、高齢者と若年者がお互いの特性を生かして一緒に働き、またお互いに助け合ってチームワークを生かして企業活動を進めてゆくという姿があって良い。<br />
<br />
社会の人口構造が大きく変化してくるこれからの産業社会では、そうしたメガトレンドの変化を背景に企業の雇用のあり方も大きく変容することになるだろうし、またならざるを得ないだろう。なぜなら、それは社会的に支持されるだけでなく、資源の有効活用を追求する経済合理性の観点から見ても望ましい方向だからである。<br />
<br />
しかしながら、そうした方向を実現してゆく過程では実務的に多くの問題が出てくることは避けられない。これからの雇用管理の大きな課題はそうした制度調整の問題をいかに合理的に解決して効率の高い雇用編成を行い人材の有効活用をはかるかという事になるだろう。その具体的内容については後で述べる事にしたい。]]>
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    <pubDate>Sat, 04 Jul 2015 03:08:45 GMT</pubDate>
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